BCL復活20年

 

 

 思い起こすとBCLを復活したのは今から20年前のこの日〜2000年11月23日だった。インターネット利用が一般的になり始めたこの頃、「BCL」をキーワードにネットを検索したところ、昔雑誌で目にしたBCLの方々のホームページやBCL関連の掲示板が沢山あることに気が付いた。浦島太郎の気分でそれらを貪り読んでいく中で、猛烈に海外放送を聞きたい気持ちに襲われた。そうして押し入れのFRG-7を取り出してみたものの、休止後20年間放置された受信機はもはや稼働しない。そこで最近人気というAORの受信機AR7030の実機を見に近所のハムショップに行ったのがこの日。残念ながら7030は置いていなかった。代わりに店の主人が紹介してくれた中古のNRD-535を手に入れて、私のBCL LIFEは再開した。その日から20年の歳月が流れたのだ。

20年という期間は今振り返れば短く感じるも実際には長い。当時36歳だった私は56歳になった。この間人生ではいろいろなことがあったし、BCLを取り巻く状況も一変した。復活した頃は未だ通信型受信機も市販されていたし、海外向け短波放送も中南米、アフリカ、インドネシア等の短波局も放送されていた。インターネットの普及と反比例して、短波放送は衰退の一途を辿っていった。私の復活した時期には一瞬BCL復活ブームとなり書籍も幾つか世に出たが、短波放送の衰退とともにそのプチブームも収束に向かった。受信機もレガシー通信型受信機は姿を消し、代わってPCに接続して使用するSDRが主流となった。

30〜50代は人生で最も過酷な時期かもしれない。仕事そして家庭に対する責任は重くなるし、健康面でも様々な変調が出始める時期でもある。大きなプレッシャーに押し潰されそうにもなる。私自身も時には悩ましいこともあったが、そんな日々への潤いがBCLであった。この趣味が自分にどれほどの癒しを与えてくれたか、それは計り知れないものがある。残業して遅く帰宅をしてもラジオに向かい、受信レポートを書き、そして雑誌に投稿もした。受信機を買いアンテナを作り、そしてペディに行ったりして、毎日楽しんでいた。この趣味は私に喜びと希望を与えてくれた。

しかし何より大きかったのは、この間に出来た沢山の友達であろう。40近くになってから、これだけ多くの友達が出来るとは、思ってもみなかった。BCLともう一つの趣味であるテニスは実に大勢の友達を与えてくれたが、テニスの友人はプレー中のお付き合いがメインであり、コートを離れての交流は飲み会くらいだ。その点BCLの友人の方が、付き合いは濃厚である。そして私のBCLの仲間は、本当に素晴らしい方々ばかりである。勿論BCL自体も一緒に楽しんだが、飲み会や日帰り・そして宿泊ペディを通じて異業種異年齢の方々と語り合う時間は、実に楽しく素晴らしいものだった。もし彼らと知り合えなかったら、私の人生はこれほど豊かなものになっていただろうか。BCLを復活して本当に良かった。人生最良の出来事の一つだ。

受信の対象を短波から中波に移すことで、私自身はこの趣味への情熱を保ってきた。しかし昨今ではこの中波についても新たな転機が忍び寄っている。もし中波放送がこの世から消えてしまったら、さすがにBCLを続けることは難しいかも知れない。でもそんなことを今から心配しても仕方ないし、この趣味は案外また別の楽しみを与えてくれるかも知れない。だからそんなことは気にせずに、今楽しいと思うことを思う存分やっていくだけだ。

(Nov.23.2020)

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